木を見て森を見ず

2017.06.05 Monday

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    JUGEMテーマ:人生論

    先日の予備試験以降、新たな勉強方法で勉強を始めていた。

    しかし、まだ1年後にも関わらず、

    ここ1,2週間の感覚からして、

    すでに自分の設定する到達点に

    辿り着けない可能性が高いことが直観的に分かり、

    ぼんやりと焦っていた。

     

    また、コンペの締め切りが近づいているが、

    今動いている設計や現場等の諸々のことをしているうちに

    作業がはかどっていなかった。

     

    そして、以前からちょっとずつ動いていた知り合いの紹介の

    設計の仕事の話があったが、急に2件が動くことになった。

    非常にうれしいことだが、良い建物を設計しようという

    期待と不安が入り混じった気持ちになっていた。

     

    そのような混沌とした状態で、

    それぞれをどのように進めれば良いか、

    どのような心の持ち様で行けば良いかをここ最近悩んでいた。

    特にここ数日は会社員時代にスムーズに仕事ができていたことと比べて

    今は何が異なり、何が原因で悩んでいるのかを悩んでいた。

     

    そして、出た結論は「木を見て森を見ていなかった」ということだ。

    会社員時代の仕事の仕方は何年もやっているうちに

    自分の型ができてくる。

    型が出来てくれば、全体を見渡す余裕が出てきて、

    どのような手段で、どこに力を入れれば良いかが分かってくる。

    そうなると、仕事の質も上がってくる。

    その逆に、やり始めて十分な時間も経たない不慣れなことは

    一生懸命やっているうちに全体を見渡す余裕がなくなり、

    手元ばかり見るようになる。

    結局、質は落ち、何を目的にしていたかさえ分からなくなってくる。

     

    そう考えると、予備試験の勉強はこの数年やってきているが、

    まだ、分かったという状況まで行けていない。

    そして、コンペは学生の時も含め、ほぼ応募したことがないが、

    去年から国内でも有力な設計者達に交じって応募し始めている。

    また、設計は自分の事務所を開設して以降、

    高みを目指すには知識も経験もまだまだ足りていないのを痛感している。

    要は、今やっていることはまだ不慣れで全体を見渡す余裕を失っていたにも関わらず、

    気持ちだけが焦っていることが分かった。

    ただ、それが分かれば、全体を見渡し、どのような手段でどのような目的を達成するかの

    検討に時間を掛け、あとはすべきことをしていけば良い。

    結論は当たり前の話だが、ここまで来るのに非常に時間がかかった。

     

    昨日は今後の予備試験の仕方を改めて考えていた。

    夜中から考え始めて結局朝方まで時間がかかった。

     

    去年1年で勉強していた本。主に予備校本。全ては読み通せていない。

    勉強方法を必死に考えていて、ふと今使っている本はどれぐらいだろうと全部積み上げたら

    明らかに1日3時間程度で1年がんばってもやりこなせない量だと分かった。

    また、予備校本に種類を絞っていたが、自分の本棚の設計の本の種類を見ていたら、

    大学の授業で使っていた本、官公庁が出版している本、インテリア雑誌等

    いろいろな本があった。

    そう考えると、何も一つの種類に統一する必要はないことに気付いた。

     

    今年1年で勉強しようと考えている本。基本書、予備校本などごちゃまぜ。

    基本書は10冊程度追加することになるが、

    去年まで使用していた本の量からすると2/3以下になる。

    これならまだ現実味が湧いてくる。

     

    どうしても結果を出したい、質を上げたいと強く思えば思うほど、

    視野が狭まり、全体を見渡すことがおろそかになる。

    そういう時はいったん立ち止まり、現状を把握し、

    焦った気持ちですぐに始めるのではなく、

    目的を明確にし、それを達成するためにどのような手段を選ぶべきかに

    しっかり時間をかけるべきである。

    そのことさえ忘れなければ、あとはその選んだ手段を実行していくだけである。

     

     

     

    すごい人

    2017.03.31 Friday

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      JUGEMテーマ:人生論

      中学3年の受験を控えた期末テスト期間中のある日。

      クラスで友人達と雑談をしていると

      今日のテストのために昨日何時間勉強したかの話になった。

      私は当時、部活だけやって勉強をしてこなかった焦りもあり、

      1日3時間は勉強するようになっており、そのことは自分の中で

      自信をもっている所だった。

      みんなが口々に1,2時間勉強したかを言い始めたので、

      ここで自信満々に言ってやろうと待ち構えていた。

      言おうとした直前に現在アメリカでスピーカーの研究をしている

      今でもやり取りをしているある友人が暗い顔をして

      「10時間しか勉強できなかった」と言った。

      彼の性格からして、自慢しようとかではなく、自分を恥じて

      言っていることが伝わってきた。

      私は口を開けたまま、恥ずかしさ、くやしさ、情けなさ、等の

      いろんな感情が駆け巡り、何も言えなかった。

      あれから何十年も経つがいまだにそのことは鮮明に覚えている。

       

      話は変わって、先日、大阪新美術館の公開プレゼンテーションを

      拝聴しに行った。

      残念ながら選ばれることはなかったが、以前から敬愛の念を抱いていた

      槇文彦氏のプレゼンテーションを一番の楽しみにしていた。

      若い時からこの業界の先頭を走り、

      高齢になった今もなお、先頭を走り続けている。

      そして、たまたま昨日、本屋で建築の本を物色していると、

      槇氏のインタビュー記事が本に掲載されており、

      よく見るテレビ番組が「情熱大陸」、「プロフェッショナル」とおっしゃっていた。

      !?

      私と全く同じだ。

      設計の能力は天と地ほどの差があることは分かっているし、

      見るテレビ番組が同じだから何なんだという所もあるが、

      設計に関して敬愛する人と同じ方向を向いているような気がして

      とてもうれしかった。

       

      世の中にはすごい人達がいる。

      そして、彼らは彼らの居場所で彼らなりの最大限の努力をしている。

      私のできることはたかが知れている。

      だが、そんなすごいと思える人達にいつか追いついて、追い越して行きたい。

      そんなことを日々、考えている。

      今月の住宅特集

      2016.12.21 Wednesday

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        JUGEMテーマ:人生論

        JUGEMテーマ:建築・設計・デザイン

         

        「住宅特集」とは新建築社が発刊している住宅に特化した建築雑誌である。

        新建築社はその他に「新建築」や「a+u」等の公共建築物や海外の建築の情報を

        伝える雑誌を出しており、大学の頃はそれらの雑誌をむさぼるように読んでいた。

        働き始めてからは不定期に購入したり、本屋で立ち読みしたりしていた。

         

        昨日もたまたま本屋に行った時に今月の住宅特集が出ていたので、

        ぱらぱらめくっていると「私の失敗」というコラムに安藤忠雄氏が寄稿されていた。

        大学の頃は、安藤忠雄、伊東豊雄、ジャン・ヌーベル、レム・コールハース等が

        世界の建築の中心におり、彼らの設計した建物の写真集や建築雑誌を読み、

        大学の友達と彼らの建築物について語ったり、批評したりして、あこがれの存在だった。

        特に安藤忠雄氏は関西に実作が多く、コンセプトも明快で

        私にとってのいわゆる「建築家」とは「安藤忠雄」であった。

        「私の失敗」というコラムは以前からコーナーとしてあるが、

        ほとんどが設計の若手や住宅建築家と呼ばれる人だったが、

        急にあの安藤さんが載っていたので、少し驚いた。

        しかも内容があの「住吉の長屋」についての内容だったので、その記事を思わず3回繰り返し読んでしまった。

         

        「住吉の長屋」は建築学会賞も受賞した安藤忠雄氏の初期の名作である。

        しかも、彼は設計事務所を始めて約50年近くが経とうとしているが、

        星の数ほど建物を建ててきても未だに必ず代表作として取り上げられる名作である。

        内容は詳しく言及しないが、概略を述べると、建築のことを良く分かっていない

        何者でもない一設計者が建築主や施工者の助力の下、情熱で完成させた建物である、ということだった。

        勝手なイメージで安藤さんほどの人であれば自信満々に住吉の長屋の設計図書を仕上げ、

        建築主も施工者もそれをあがめるようにして完成したものだと思い込んでいたが、

        その文章を読む限り、自信のない一青年の姿が透けて見え、今の自分とも重ね合わせて

        何か応援したくなるような気分になった。

         

        以前に京セラの創業者、稲盛和夫氏の本を読んでいた時に

        仕事の結果は「考え方×能力×熱意」の総体であるといった感じの文章があった。

        安藤さんの文章を読みながら、設計も考え方や能力は経験や知識で向上できるけども、

        熱意だけは死ぬまで持ち続けないと良い結果を望めないと改めて思った。

        プロフェッショナル

        2016.11.23 Wednesday

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          JUGEMテーマ:人生論

          いつも見ているテレビ番組がある。

          TBSの「情熱大陸」やNHKの「プロフェッショナル」等である。

          やはりがんばっている人の姿を見ると、こちらも力がもらえるような気がする。

          ただ、私は建築設計を業とし、弁護士を目指して法律を勉強しているが、

          何故か建築家や弁護士の方よりは別の業種の方の回が非常に興味を持って見ている。

           

          先週、NHKの「プロフェッショナル」で鮮魚店店主の門川安秀さんという方の回だった。

          魚の一流の目利きの方で60歳を超え、なお魚についての知識を習得し、

          別業種である三ツ星レストランのシェフに業種は違えど負けたくないとおっしゃっていた。

          最後にこの方の思うプロフェッショナル像として

          「最初から最後まで手を抜かんことやろね、仕事に対して」

           

          私は心に残ったいろんなプロフェッショナルの思う

          プロフェッショナル像の発言を自分の手帳にメモし、

          たまに見返している。

          「完璧はありえないが、それを目指す人」

          「才能とは努力を継続できる力」

          「今の仕事が次の仕事に繋がること」

          「現状に満足せずもっと上を目指すこと」

          「諦めるスイッチは切ってしまうこと」…

          もっと素晴らしい言葉はたくさんあるが、

          上記はその一部である。

           

          私は今年の4月から自分の設計事務所を始めるにあたり、

          「建築のプロフェッショナルとして、新たな価値観を提案する」

          という目標を掲げ、HPにも記載する予定である。

          以前から考えていた目標だが、「プロフェッショナル」という言葉が

          曖昧な気がして何かもやもやしていた。

          だが、鮮魚店店主の門川安秀さんという方の回を見てふと思ったが、

          「プロフェッショナル」という言葉には一言で表すことができないぐらい

          いろんな意味、それこそ私自身の手帳にいくつも書いてきている

          プロフェッショナル像があるので、一言では片づけられないのが当然という

          ことが分かってもやもやがなくなったような気がした。

          改めて、「建築と法律のプロ」になりたいと強く思った。

           

          外構業者に見積依頼

          2016.09.09 Friday

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            JUGEMテーマ:人生論

             

            現在着工中の案件で家の完成まではまだ時間があるが、

            お客様より「外構もお任せしたいので、

            外構計画と業者さんの選定もお願いします。」とのこと。

            家がどんなに良くても外構もそれに見合わないと台無しになってしまうので、

            外構計画もおおよそ案を考え、気合を入れて業者さんの選定を始めた。

            この会社なら良い外構をしてくれそうかな、と何社か候補を絞った。

            それぞれに計画の概要と趣旨、後日連絡が欲しいことをメールで連絡した。

             

            数日経ったが、ある会社からは連絡がない。

             

            ある会社とのやり取り。

             

            私「先日、メールで連絡させて頂いた者ですが。」

            相手「ああ、で、何ですか。」

            私「メールの内容は見て頂けましたか。」

            相手「いきなりメールで連絡は失礼じゃないですか。」

            私「これは失礼しました。どのようにお伝えすれば良いですか。」

            相手「うちはエンドユーザーしか相手してないから、

               客に電話させてくれ。」

            私「了解しました。」

             

            ホームページではどんな小さなことでもご相談ください、と

            従業員さんの笑顔がまぶしいくらいだったが、

            二度と相談することはないだろう・・・。

             

            私もエンドユーザーを大切に考えているし、いかに彼らの要望に対して

            真摯に対応できるかが重要だとも考えている。

            だが、一緒に働く同僚やこちらから仕事を依頼する下請の方、

            つまりエンドユーザー以外の人たちも

            エンドユーザーと同様にお客様だと考えている。

            下記はビジネス本にも良く書いてある文章。

            「顧客満足を叶えるなら、社員満足から」

            エンドユーザーの要望を満たすためには、

            それに関わる全員の協力が不可欠である。

            特に直接エンドユーザーに関わる人が

            気分良く働いてくれないことには

            顧客満足なんて机上の空論だ。

             

            気分を変えて本当の意味でエンドユーザーを大切にしてくれる

            外構業者さんを探そうっと。