建築と法律のプロフェッショナルとして、新たな価値観を提案したい

2019.08.05 Monday

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    JUGEMテーマ:人生論

    誰しもそうだと思うが、

    がんばっていれば、楽しい時もあるし、悩む時もある。

    私も定期的に壁にぶち当たる、もしくは

    壁にぶち当たったような気分になることがある。

    最近は特に役所とのやり取りでそう思うことが多かった。

    また、今は日々忙しくしているが、

    忙しいがゆえに私の考える設計へ私自身が向かっているのかどうかが

    なんとなく分からなくなっているような気がした。

    改めて自分の立ち位置は今どこなのか、

    どこに向かっているのかを紙に書き出してみた。

     

    ノートにいろいろと書き出してみた。

    私の設計事務所の原理原則とは何なのか、

    今の私は何をしていて、何ができていないのか。

     

    HPに事務所のコンセプトは書いているが、

    私の手帳には10年以上前から弁護士資格もいつか取るつもりで

    その文章には「法律」の文言も入っている。

     

    「建築と法律のプロフェッショナルとして、新たな価値観を提案する。」

     

    自分で考えた文章だが、改めて、その一語、一語を考えてみた。

    私は「建築と法律のプロフェッショナル」なのか。

    「新たな価値観」とは何なのか。

    「提案する」とは誰への提案なのか。

    根源的にそれらを私自身がどのように考え、

    日々の出来事に対してどのように実践しているのか等を思いつくまま書き出した。

    いろいろと考えた結果、

    今の私は結局、その掲げるコンセプトに対して、

    時間を大切に扱い、最大限の努力がまだ出来ていないという結論になった。

    そもそもまだ予備試験に合格できていない。

    基本設計、実施設計、確認申請、工事監理、

    それぞれの業務内容や注意すべきことも自分なりにまとめたのに、

    それが実行できていない。

    建築、法律を含めた多様な知識や価値観の幅が広がっていない。

    そして、何よりそれらの大前提となる、

    「時間」を大切にできていないことが問題だと思った。

     

    役所とのやり取りもこちらからすれば

    ちゃぶ台をひっくり返すようなことをされて、

    ただただ苛立っていたが、

    よくよく考えてみればこちらから詳しく丁寧にやり取りをしても、

    最後は相手方のルールに則って、ある意味、相手任せになっていたように思う。

    そうなると、相手のルールで相手の価値観に基づいた結論しか出てこないから、

    その結論に従わざるを得ない。

    当然、私の望む結論にならないことも出てくる。

    そうであれば、時間の無駄のないように私が相手を誘導し、

    私の望む対応を促すようにすれば良かったのだと思う。

    時間を何よりも重視するならそう考えれていなかった私に非がある。

    もちろん、そういったやり方をしてもいつもうまくいかないかもしれないが、

    その時間を無駄にする負担分は相手方に任せて、

    時間の無駄がないようなやり方を私はすれば良いだけだ。

     

    心の底から、建築と法律のプロフェッショナルとして、新たな価値観を提案したいなら、

    それに向けて最大限の努力ができるように、

    時間を大切に扱うことをしっかり頭を使って実践していかなければならない。

    設計者の本分

    2019.07.09 Tuesday

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      JUGEMテーマ:人生論

      スロープ申請を提出している役所から連絡があり、

      多少の変更があるので来てほしいとのことだったので、

      打合せに向かった。

      すでに提出してから半年近く経って何回もやり取りをしているので、

      ようやく申請書が提出できると思い、ややほっとした気持ちだった。

       

      打合せを始めるとここ数年、別の役所で良くも悪くも鍛えられているので、

      一瞬いらっとしたが、そのまま話を聞いた。

      相手方の指示としては、計画内容の根本部分の変更指示と

      構造図はまだないことを伝えた上で構造検討の書類を提出していたが、

      今更の構造図の提出指示だった。

      今になって構造設計者に構造図の作図を依頼する必要がある。

      これらの指示がやり取りを始めて間もない時期なら分かるが、

      約半年やり取りをしてきて、

      さらには細かい部分まで修正指示に対応してきているのに、

      このタイミングで何故その指示か意味が分からなかった。

      単純な好奇心で何故かを尋ねたが、

      ただただ平謝りするだけだった。

      最後に打合せしてもらったことにお礼を言い、笑顔でその場をあとにした。

       

      帰り道、このやり取り、さらには設計者って何なのかを

      設計を始めた頃からのことを思い出しながら、ぼーっと考えていた。

      約15年、設計の仕事をしてきて思うし、この仕事を始める前からも変わっていないが、

      設計者の仕事は建築主の要望を把握し、計画地の特性を掴み、

      より良い建築計画を立て、それを元に図面を作図する。

      そして、法規に適合しているかの申請を提出し、作図した図面を元に施工者から見積を取り、

      工事が図面通りに進んでいるかを現場確認しながら、

      建物の完成を目指すことが仕事である。

       

      ただ、設計の仕事を始めてから今までの出来事を思い出していた。

      建築主との打合せを最長、休憩なしで8時間したこと。

      建築主に同じ内容を2回も3回も確認して、類似完成写真まで見せて確認したのに

      実物を見てこれは知らないと言われて、一部壊してやり替えたこと。

      私は設計者だが、完成の手直し確認を建築主のことを恐れた施工者が逃げて、

      私が代理で最後まで各業者に指示を出して引き渡しまでしたこと。

      現場監理は設計者の仕事だが、各業者への連絡や指示等の現場管理を

      私が最初から最後まで行ったこと。

      役所の指摘内容の通りに申請書を修正して再提出したら、

      全く違く修正内容を指示されたこと、等。

      そして、今回の役所とのやり取り。

      設計の仕事って一体何なんだろう、と電車に揺られながら、ため息が出た。

       

      先日、地震で全壊した実家が再建し完成したが、

      建物自体、小さな木造平屋で建築主の要望もほぼなく、

      申請も県が協力的に支援してくれ、施工者もこちらが言う前に対応してくれるような感じで、

      設計者である私以外の要素がほぼ支障になるようなことが一切なかった。

      それでも建具の納まりを朝方までかかって検討したり、

      着工図完成間際には連日夜中まで図面を書いていた。

      思ったことが設計者以外の要素になんら支障になる要素がなくても

      設計という仕事は時間がかかるし、根気もいるし、大変な仕事だと思う。

      純粋な設計だけでも大変なのに、さらにいろんな不確定要素がこれに加わるのだから、

      大変なのは当然だと思った。

       

      事実として、設計という仕事は、いろんな組織、いろんな建築主、

      いろんな施工者、いろんな考え方、いろんな性格と向き合わざるを得ない。

      何故なら、設計者だけでは仕事は成り立たないのだから。

      それでも、設計者の仕事も原則があるのだから、例外もあると思うが、

      何故と思わざるを得ないような例外的なことがあると気分的に落ち込む。

      私は神様でも特別な人間でもないが、

      設計者以前に人として真っ当なことをしているにも関わらず、

      それが通じない場合に気分は落ち込むことは当然として、

      それ以上にどのようなことをすれば良かったのか悩むが、

      だいたい振り返ってもこうすれば良かったという案が思い浮かばない。

      ある種の限界を感じる。

      当初は反面教師で何かを学ぶタイミングなのだ、とか、

      私のやり方がおかしく、相手のやり方が正しいのではないか、等考えていたが、

      ある程度生きてきて、人として、設計者として分かったことは

      本当にあまり意味のないことだということだ。

      そして、いろいろ考えた挙句出る結論としては

      あまり悩まず、原理原則に戻ることが重要だということだ。

      つまりはあくまで設計者の本分を果たすことのみが重要である。

      それは、設計者の仕事は建築主の要望を把握し、計画地の特性を掴み、

      より良い建築計画を立て、それを元に図面を作図する。

      そして、法規に適合しているかの申請を提出し、作図した図面を元に施工者から見積を取り、

      工事が図面通りに進んでいるかを現場確認しながら、

      建物の完成を目指すことが仕事である。

       

      電車が到着する頃にはため息をついていた気分も落ち着いた。

      今日が終わるにはまだ時間に余裕がある。

      家へと向かう足取りの方向を変え、いつもの本屋の建築コーナーに向かった。

      何故なら、私は建築のプロフェッショナルになりたいのだから。

      意味のないことに時間を使うぐらいなら、意味あることにその時間を振り向けるべきだ。

      その目指す道を地道に進んでいこう。

       

       

       

      イノベーション

      2019.06.20 Thursday

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        JUGEMテーマ:人生論

        最近、経済・政治関係の本を読んでいたり、

        たまたま見たニュースで気になるキーワードがあった。

        「イノベーション」

        イノベーションとは、「あるパフォーマンスの次元そのものが変化すること」と

        ピーター・ドラッカーが定義している。

        具体的に言うと、エジソンの白熱電球やスティーブ・ジョブズのiPhone等がそうである。

        今までにあったものに全く新しい技術や考え方を取り入れて新しい価値を生み出すことである。

         

        設計事務所の仕事は基本的に受け身である。

        こちらから設計を売り込んで仕事になることはなく、

        結局、建築主からの依頼がない限り、仕事はない。

        以前からこの状況をどうにかできないかと考えていた。

        建物は土地に建つのだから不動産屋と組んで新たな仕事の方法が取れないか、とか、

        近年増え続けている空き家を設計の力で有効活用出来ないか等と考えているが、

        どれも似たような仕事はすでにあるし、

        新たな価値観を生み出せるように思えなかった。

         

        そして、その「イノベーション」という言葉が引っかかり、

        設計にもイノベーションが必要だと感じ、

        本屋へ行き、イノベーション関連の本を片っ端から読み流していった。

        ただ、かなり専門的に書いている本が多く、

        イノベーションを理解するのに適した本がないなと思ったので、

        観点を変えてイノベーションを実際に行った人物伝の本を買った。

        「世界を動かすイノベーターの条件」(メリッサ・A・シリング)

        誰もが知っている、エジソンやアインシュタイン、

        最近の人ではスティーブ・ジョブズやイーロン・マスク等の生い立ちから

        その成功までに至る歴史を紹介する本だった。

         

        読んで思ったことは、設計に関して本当の意味でのイノベーションが起きると

        設計という仕事が無くなってしまうと思った。

        設計におけるイノベーションとはおそらく最近のAI等で

        土地の条件や建築主の要望を入力すると自動的に建物完成まで

        時間とコストを省けることがそうなのだと思った。

         

        また、そのイノベーションを起こした人々の共通点として、

        そもそもイノベーションを起こそうと考えていた訳ではなく、

        世の中のために自分の興味があることに時間と労力を惜しみなく

        つぎ込める人なのだと分かった。

        地位や名誉やお金は二の次で自分の興味のまま、

        理由もなく突き進むことができる意思を持った人達である。

        そう考えると、かなりの程度差はあるが、

        私も地位や名誉やお金のために設計をしている訳でもないし、

        事務所を始めてからほぼ休みなしで毎日設計に関わることをしているが、

        それは建築主に喜んでもらえる設計がしたい、

        私自身も納得できる設計をしたいと考えているから

        時間と労力を惜しみなくつぎ込んでいる。

        私のやっていることは特定の建築主のために

        特定の建物の設計を行っているから

        世の中が変わるほどのイノベーションにはそもそもならないが、

        やっていることは同じだと思った。

        今やっていることや考えていること自体が

        私にとってのイノベーションの可能性があることなのだと気づいた。

        いろいろ考えて調べた挙句、結局スタートに戻ってきたような気分だが、

        自分の立っている場所がよりはっきりしたことは良かったのかもしれない。

        そうであれば、これからも悩み、考え続けていくことが重要なのだろう。

        建築主からの励まし

        2019.05.31 Friday

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          JUGEMテーマ:人生論

          先日、設計事務所としての売りがないことに関して

          改めて私なりに考え、どんな設計を目指したいのかを考えるブログを書いた。

          そして、今やり取りしている建築主からそれに対しての

          励ましの電話やメールを頂いた。

          励ましの内容は一言で言うなら「今のままで良いと思う。」とのことだった。

          設計を主導する設計者が建築主から設計に関して

          励まされるのも良いのか悪いのか分からないが、

          それでも今の姿勢を認めてもらえているようでうれしかった。

          以前に東京に住む中学時代の友人に設計の方向性での悩みを相談した時も

          同じような意見をもらったので、いろいろと常に思い悩んでいるが、

          おかしな方向には進んでいないのかもしれない。

          知り合いの言葉を借りるなら、ブログの文面に悲壮感が漂っていたので、

          建築主が連絡をしてくれたのかもしれない。

          なんとなくだが、この悲壮感を漂わせて、

          思い悩むのは一生続いていくようにも思うが、

          そんな私を認めてくれる人達がいるのであれば、

          私の目指す設計をさらにより良いものにして、

          その設計でそんな人達に喜んでもらえる設計をこれからも実現していきたい。

          どんな設計を目指すのか2

          2019.05.27 Monday

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            JUGEMテーマ:建築・設計・デザイン

            以前に「田中さんの設計事務所の売りは何ですか」と

            質問された建築主からGW前後に私の事務所を含め、

            いくつかの依頼先候補とやり取りを始めると聞いていたが、

            もう5月も終わろうとしているが連絡がなかった。

            なんとなく、すでにもうないだろうなと思いつつ、

            念のためにその後の状態をお聞きするためにメールを送った。

            そして、返信メールが返ってきた。

             

            案の定、プラン作成にも至らず、

            かなり悩まれたらしいが、依頼先候補から漏れたとの内容だった。

            今までもプラン作成に至らずに話が流れたことはたくさんある。

            ただ、プラン提示まで依頼先候補に残って、

            私の方もこの建築主の気持ちを汲んで設計したいと思える方には

            結構な確率で依頼してもらっているので、

            非常に残念だった。

             

            また、依頼先候補から漏れた理由も書かれていたが、

            私自身、「田中さんの設計事務所の売りは何ですか」という質問に対して

            分かり易い明確な回答ができなかったが、

            まさしくそれが理由で、

            「私の事務所の売りが分からないため」に

            今回は依頼候補からは外れてしまったとのことだった。

             

            ある意味、衝撃を受けた「田中さんの設計事務所の売りは何ですか」という質問。

            だが、自分なりにいろいろと考え抜いた結論として、「売り」はない。

            そんなことを言ったら語弊があるが、

            逆にその質問を頂いたことで

            自分がどんな設計を目指しているのかが分かったような気がする。

             

            所謂、建築家と呼ばれる人には大きく分けると2パターンある。

            毎回、同じ素材、同じ外観で建物を設計し、詳細をより研ぎ澄ませていく人。

            つまりは狭く深くの人である。

            また、毎回、違う素材、違う外観の建物を設計し、その時代やその時の条件に合わせ進化していく人。

            つまりは広く浅くの人である。

            建築学科に編入し、その後、設計事務所で働き始めた頃は

            前者の方にあこがれていた。

            そんな建物を設計する建築家がかっこいいと思っていたし、

            別の視点で見れば、それこそ分かり易く売りができることで

            マーケティング的には他社との差別化にも繋がる。

            建築主にも説明し易いし、分かり易い。

            いろいろとメリットがあるので、そんな建築家像で将来やっていきたいと考えていた。

             

            しかし、設計の仕事を始めて約15年。

            設計に対しての知識や経験も増え、いろんな建築主や多くの施工者と仕事をするうちに

            毎回違うインプットに対して私らしい毎回違うアウトプットを行うことに

            難しさを感じつつも、それ以上に楽しさを感じるようになった。

            逆に自分だけのこだわりの設計をする方がつまらないことのように思うようになった。

             

            また、私は30歳近くまで大学生で、その後の10年でいろいろと設計実務を行った。

            そして、自分で設計事務所を始めてようやく3年が経ったばかりだ。

            現在のHPでも実作として挙げているのはたった3件で

            これでは私がどんな設計を売りにするのかは分からなくて当然だ。

            それでも人として40年以上生きてきて、設計を含め、

            いろんな蓄積はされてきていると思う。

            自分で設計事務所を始めて今まで設計を依頼してきた人は

            きっとその実作だけでは何も分からなかったはずだが、

            実際にお会いして、要望に基づいたプランを提示して何かしら感じる所があったから、

            設計を依頼してくれたのだと思う。

            逆にそんな手がかりのない中、何千万もする仕事を依頼してくれた建築主達が

            本当にすごいなと思う。

            特に最近は間接的にすら私を知らない建築主からの依頼なのだから、

            ある意味、奇跡的なことだと我ながら驚く。

             

            「田中さんの設計事務所の売りは何ですか」という質問を受けて

            いろいろと考えていたが、ふと事務所のコンセプトがその答えになっていることに気付いた。

            「建築のプロフェッショナルとして、新たな価値観を提案する。」

            この質問以前に、建築のプロフェッショナルになるために

            建築に関わることを全て学び直すことが必要と考えていたし、

            さらに今やっている予備試験の勉強や経済、哲学、歴史等を学ぶことで

            私らしい、そして、私しかできない建築のプロフェッショナルになれると考えている。

            また、自分のしたい設計を行うのではなく、

            いろんな建築主のいろんな人生経験や要望を受けて、

            それを超えていく提案をすることに設計の意味があると思うし、

            それに楽しさを感じている。

            そして、すでに分かっていることはそれらを実行しても

            設計事務所としての分かり易い売りは作り出せないことである。

            ただ、プロとして設計を仕事でしている以上、結果で示すしかない。

            そして、私のやり方で進めていった場合、

            その結果は見える人には見えるかもしれないし、

            見えない人にはどんなに説明してもそれは見えてこないかもしれない。

            ただ、売りにはならない私なりの筋を通した設計に対して理解を示してもらえる建築主に出会い、

            具体的には説明できないような私なりの手段目的としての設計を継続していくことで

            目指す設計を成し得るように思う。

            他人と比べて不安になる時もあるだろうし、

            建築主からの理解を得られないこともあるだろう。

            しかし、根拠もないのにここまで自信を持てるのだから、

            そんな設計を目指して、日々、手を抜かず、地道に続けていきたいと思う。