疾風に勁草を知る

2020.06.12 Friday

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    JUGEMテーマ:人生論

    生活や仕事の拠点が神戸三宮なので、

    三宮センター街をよく通る。

    そして、センター街のアーケード下によく垂れ幕が下がっている。

    美術館の展覧会の案内であったり、

    東日本大震災で被災された方を応援しよう、等。

    その時々でいろいろと掲げられている。

    いつもはふーん、ぐらいに見過ごしていたが、

    最近、通る度に何故か目が行く垂れ幕があった。

     

    「私達は負けない」はコロナだからかと思ったが、

    それ以上に左下に書いている漢文とさらに細かい字でかかれている内容が

    通る度になんとなく心に響いた。

    「疾風知勁草」

    意味は困難や試練に直面した時にはじめてその人の意思の強さや

    節操の堅固さ、人間としての値打ちが分かること、らしい。

     

    まだコロナウイルスの影響はこれからいろいろな所で出てくるかもしれないが、

    私自身は3月時点でかなり影響があったので慌てふためいた。

    ただ、決して余裕がある訳ではないが、

    4月からは今すべきことを淡々と実行し、今に至る。

     

    以前からもそうだが、日々の生活で基本的に用事がある時を除いて、

    休日は設定していない。

    平日と週末の違いはなく、「1日1日」があるだけだ。

    午前中、午後、夜と区切って、設計の仕事か建築の勉強、

    もしくは法律の勉強をしている。

    やってもやっても終わらない。

    振り返れば、この生活は大学受験の頃から何も変わっていない。

    行きたい大学に合格するため、建築を大学で学ぶため、

    一級建築士になりたいため、独立して設計事務所を開業するため、

    弁護士になりたいため、建築と法律のプロになりたいため、

    常に何かしらの目標や希望があってそれに向けてがんばってきた。

    ただ、がんばってはいるが、がんばっているつもりで満足していないかと

    度々、自問自答する。

    がんばっているつもりが一番怖い。

    本人は満足していても自己満足に終わり、結局、結果が出せないからだ。

     

    ただ、「疾風知勁草」という文章と意味を知り、

    今までの自分自身やコロナウイルス以降の自分自身を考えた時に

    自分で自分の意思の強さや節操の堅固さに気付かされたような気がした。

    変な感覚だが、自分で自分自身の存在がうれしくなるような感じだった。

     

    人生の節目節目で出会うべき人や本や文章がある。

    必死にやっていればやっているほど、ふとした時にそういったものに出くわす。

    今回出会った文章に、その調子でがんばれよ、と言われているような気がした。

    今、直近で私の中で目標であり、目指しているのは、建築と法律のプロ、である。

    今までの目標と違って、明確な結果としては現れてこない目標である。

    この目標は仮に司法試験に合格したり、設計の何かしらの賞を頂いたからといって

    達成できる目標ではない。

    なんとなく思っているし、たぶんその通りになると思っているが、

    死ぬまで追い求めて、死の直前にそれに成れたと言えるかどうかという果てしなく遠い目標である。

    それでも単調な日々にも関わらず、1日1日をそれに費やすのに飽きることもなく続けている。

    人生を通して、きっと私にとって大切なことだからだと思う。

    1日1日を大切に必死に生きていきたいと思う。

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    2020.09.19 Saturday

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