スローダウン

2019.09.18 Wednesday

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    JUGEMテーマ:人生論

    先日引き渡しを終えた建築主からメールが来た。

    少しずつ引っ越しを行っているとのことだったが、

    何人もの知り合いから新築の家を見せてほしいと言われ見せると、

    みんなテンションが上がっていたとのこと。

    改めて、本当に良い家を設計してもらって

    ありがとうございました、と言って頂いた。

    私が図面を書いて設計を行ったが、

    私のイメージはどんな建物も建築主との合作のイメージだ。

    私だけの力だけではなく、

    建築主との打合せやその建築主の人柄がその建物の完成度を決めていると思っているから、

    第三者に建物の完成具合を褒められると

    もちろん私もうれしいが、その建築主のことも褒められているようで

    違う意味でうれしくなる。

     

    ふと気づくと今関わっている案件が一時期に比べると落ち着いてきた。

    特に今年は2年前から関わっていた3つの案件が来月を最後に全て完成する。

    事務所を開設して4年目だが、

    1年目は自分なりの型を見つけるのに四苦八苦していたが、

    2年目以降は実際に依頼された案件、計画で終わった案件、等、

    休みなく、日々夜中まで図面を書いたりメールを送ったりして、

    がむしゃらに今日に至るまで走り抜けた気がする。

    設計事務所は設計の依頼を受けて初めて仕事として成立するから、

    常に自転車操業の仕事である。

    ただ、事務所を運営しながら徐々に仕事を精査し、絞っていくことで

    ようやく落ち着いてきた気がする。

    と言っても、仕事が来ない不安は常につきまとうから

    本気で落ち着いてはいられないが。

     

    話は変わるが、少し前のニュースで老後資金は2000万必要というのがあった。

    ただ、自営業者である設計者は国民年金だけなので、

    その前提でいくと2000万では全く足りない。

    自分でも計算してみたが、えっ、という額の貯金が必要であることが分かった。

    しかし、設計事務所はサラリーマンと異なり、定年はない。

    体力と建築主にさえ恵まれれば年金生活は良くも悪くもない。

    ただ、7,80歳の設計者に若い夫婦が設計を依頼するかというと怪しいとは思う。

    だから、事務所開設後は事務所を継続していくことも考えつつ、

    老後の蓄えも必要ということが頭によぎりながら走ってきた。

    そして、仕事が落ち着いてきた最近、事務所の継続と老後生活を考えた時に

    再び走り出さなければと思ったが、ふと思った。

    たぶん今のまま、休みなく夜中まで毎日仕事をして必死に走っても

    目標とする「建築と法律のプロフェッショナル」に少しずつ近づいていくかもしれないが、

    仕事量が軽くなった今だからこそ、すべきことがあるのではないだろうか。

    もちろん、今後もインプットとアウトプットは死ぬまで続けていくだろうが、

    最近のいろんな人からの打合せのやり方の助言で

    設計事務所としてのバージョンはアップすると思う。

    ただ、私自身が考えているいくつかのすべきことに時間をつぎ込んで

    私自身をバージョンアップすることが長い目で見ると必要なことかもしれないと思う。

    先々を考えれば不安に苛まれるが、

    このタイミングで考え方や生活を敢えてスローダウンさせて

    今すべきと思うことに集中的に取り組みたいと思う。

    私自身も納得のいく、「建築と法律のプロフェッショナル」に

    より近づくことができるかもしれない。

     

    私はすでにプロフェッショナルなのだ

    2019.08.16 Friday

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      JUGEMテーマ:人生論

      もう少しで完成する案件の建築主から連絡があった。

      バルコニーは当初ウッドデッキで仕上げる予定だったが、

      最終的にタイルで仕上げることになっていた。

      工事も後半になってその設置のための土台部分に

      施工者から予期しない追加見積が上がってきたため、

      結局、断念することになった。

      建築主としては私が以前にウッドデッキからタイルに変更しても

      そこまで費用は変わらないと言っていたのに、

      何故、このタイミングで追加見積なのかが分からないという内容だった。

       

      私の方では原因ははっきり分かっていた。

      着工前後に最終タイル仕様に決定したため、

      仕上表の図面にはその旨、記載していたが、

      着工までに時間はなかったので、

      それ以上の詳しい図面はなかったこと。

      そして、その結果、設計の意図と施工の意図が食い違っていたことが原因である。

      ちなみにこのタイルは施主支給品であった。

       

      この「施主支給品」と「着工図完成後の工事中の変更」は

      数年前から私の悩み事だった。

      具体的に言うと、これに絡む内容で建築主と施工者の非がない場合は

      結局それに掛かる費用は設計である私が支払うことになる。

       

      「施主支給品」はその名の通り、施主が材料なり製品を直接支給することである。

      今はネットで何でも手に入るので、途中のマージンが掛からず、

      施工者に依頼するまでもないものは施主支給品にすることが多い。

      ただ、建築主が材料や製品を発注することは不慣れなため、

      私が手伝うことが多い。

      しかし、ネット上の聞いたこともないメーカーとのやり取りに

      私も慣れている訳ではない。

      通常は打合せで仕様を決めていき、その採用しようとする仕様を

      ネットや直接メーカーに確認しつつ、図面を作図していく。

      そして、施工者はその図面に基づき、見積を作成し、

      発注する段階ではその仕様のメーカーからの確認図面が設計の方に送られてきたり、

      メーカーからの質疑のやり取りを行ったり、そのサンプルを見た上で

      問題ないか等を確認した上で現場へ納品される。

      また、完成後に不良があったりしても施工者を通じて対応してもらいやすい。

      結局、施工者経由の方が何重ものチェック体制になっていたり、

      メンテナンス体制が手厚いのである。

      しかし、施主支給品となると、施工者の方でも判断できないので、

      チェックは設計者頼みになる。

      また何かあった場合も施工者を頼ることができず、

      一応携わった専門家である、設計の私が責任を負うことになる。

       

      そして、「着工図完成後の工事中の変更」だが、

      初回の要望聞き取りから計画内容の概要、大まかな仕様を決定した上で

      建築主との基本設計を完了する。

      そこからは細かな納まりの検討や

      作図することで見えてくる問題点等を解決しつつ、

      きっちり施工を行うための着工図となる実施設計が完了する。

      そして、その後、工事が始まっていき、

      図面との整合性を現場で確認しながら工事監理をしていき、

      建物が完成する、というのが、原則である。

      また、着工図を完成させる時に私は今までの打合せで使用した図面や

      建築主とのやり取りのメール等を全部、着工図と確認していく。

      この作業は早くとも数週間、長ければ1,2か月ぐらいかかる。

      そして、最終、その内容を建築主とチェックしていく。

      地味で骨の折れる作業だが、私自身、それはとても大切な工程だと考えているので、

      その作業は欠かせない。

      ただ、その作業を行うことでそこまでの時点での大きな抜けや

      大きな勘違いは過去ないので、正しいことなのだと思う。

      だが、問題は着工図完成後に変更する場合である。

      そもそも着工までに全ての仕様が決定することが稀である。

      そして、工事中に変更がなかったこともほぼない。

      建築主には必ず伝えるが、着工するとバトンが設計者から施工者へ渡る。

      具体的に言うと、設計側では建材をいつ発注しているかも分からないし、

      各業者の段取りがどの段階かを知ることができない。

      変更が可能かを施工者に確認すれば済むのではないかと思うかもしれないが、

      一番ネックなのが、工事が進んでいる以上、検討したり作図している時間は

      ほぼないのである。

      着工前の作業を考えると、一般道でUターンして寄り道していた車が

      高速道ではそんなことはできない状態と同じである。

      経験上、些細な変更だから問題ないと思って変更した内容でも

      巡り巡ってそんなことになるのか、と痛い目に遭うのは数知れない。

      ただ、ハウスメーカー等のように図面に印鑑を押させて

      後日の変更を認めないようなことはしたいとは思わない。

       

      話は戻って、その連絡頂いた建築主の内容は

      まさしく私がずっと悩んでいた内容だったので、

      ある意味、甘える形で日頃の疑問をぶつけさせてもらった。

      建築主が設計者から悩みを相談されても困るだろうなと思ったが、

      この人達ならそれを受け止めて

      何らかの答えを出してくれるのではないかと思えたからである。

       

      約2時間かけて書いた長文メールにその建築主から丁寧な回答があった。

      以下のような内容だった。

       

      いろいろな要望や変更に対応してくれた田中さんに感謝しています。

      ただ、田中さんが望まないような状態になることが多いのであれば、

      芯の部分はぶれずにやり方を変える必要があると思います。

      そして、私達はあくまで一般人で、田中さんは設計のプロだから

      そうならないように田中さんご自身が私達を導いていく必要があります。

      そんな内容だった。

       

      そのメールを何度も読みなおし、

      私自身が日頃仕事をする中で思うことをメモしているが、

      それも読みなおしているうちに答えが見えてきた。

      結局、原理原則通りに設計をしていくこと、が大切だと思った。

      どんな建築主にも最初の方に完成までの工程表を渡すが、

      必ず言われるのが、そんなに時間がかかるんですか、である。

      2階建て木造戸建て住宅で、基本設計に3か月、実施設計と確認申請に3か月、

      見積調整と工事段取りに2か月、建築工事に5か月前後の

      トータル13か月程度である。

      私自身も完成までに1年以上は長いと思うが、

      実際はこれでも足りないことがほとんどである。

      仕様も決まっていて、建築主もこだわりがそれほどないのなら、

      8か月程度でも可能だと思うが、設計事務所に依頼するということは

      建築主のこだわりが強いということだから、

      より長い工程にならざるを得ない。

      また、どの案件も共通だが、お会いした時点で完成を急いでいる。

      さらに工程を提示されて1年以上と聞かされればもっと早く完成できるのではないかと

      思うのが当然かもしれない。

      だが、上記の通り、実際打合せが始まれば、本来は最初の基本設計で

      建築主との打合せはほぼ概要だけでも終えておかなければ、

      その1年後の完成ですら危うい。

      完成時期を早めて、基本設計に時間をたくさん使えば、

      その他の工程にしわ寄せが行く。

      ただ、その他の工程も決して余裕を持った工程でもないので、

      結果的に無理やり基本設計を終え、実施設計をしながら基本設計の残りを行い、

      着工する段階でもまだ基本設計をしていたりする。

      原理原則からすればすでに破綻している。

       

      以前に勤めていた住宅会社では仕様がほぼ決まっていたが、

      打合せ期間も4か月、打合せ時間も2時間と決まっていた。

      決まってはいたが、実際打合せをすると、

      打合せ内容の飲み込みが早い人もいれば

      こだわりたいけど、何をどうすれば良いのか分からない人もいた。

      特に後者の人には私の独断で2時間ではなく、

      その人が納得するまで打合せを行った。

      同じ話を2回、3回することになっても分かってもらって

      納得してもらうまで何時間でも打合せを行った。

      住宅業界は分かっているようで分からない家のことを扱うので

      別名クレーム業界とも呼ばれている。

      そんなやり方が良かったのかどうか分からないが、

      部下のクレーム処理には何度もいったが、

      自分の案件のクレームは受けたことがなかったので、

      時間はかかってもそのやり方が正しいのだと自信を深めた。

      実際、独立後は原則、こだわっている建築主ばかりなので、

      1回の打合せも平均すると4時間ぐらいしているのではないだろうか。

      また、打合せ期間や打合せ時間は自分の裁量で決めれば良いから

      建築主が納得するまで行った。

      ただ、唯一ネックなのが、どの建築主も完成を急いでいるということである。

       

      今回、建築主から頂いたメールで思ったが、

      設計のプロとして仕事をし、

      建築主に寄り添って良い建物を設計しているつもりが、

      知らないうちに一般人である建築主と同じ目線で設計を行っていることに気付いた。

      完成を急いでいるならそれに合わせます、

      その仕様が決めきれないなら工程とは違いますが工事中に再検討しましょう、

      今日はこれだけの内容を決めないと完成時期がずれる可能性もありますが

      しょうがないから次回打合せまでになんとかしましょう、等。

      それはそれでしょうがないし、その姿勢自体は間違っていないが、

      プロフェッショナルとして設計をしているなら、

      工程の今、我々はどこにいるのか、

      そして、その決定を延ばすことはどのような結果になるのか、等の

      設計のプロである私からしか伝えられないことを十分に分かってもらう努力が足りなかった気がする。

      決して、伝えなかった訳ではないが、私がプロで建築主は一般人という認識ではなかった。

      同じ目線で普通のことを言っているのだから伝わっているものだと思っていた。

      ただ、改めて一般人とプロの立場を言われて、

      ちゃんと説明はしていたけど、ほぼ伝わっていなかったような気がした。

      そう、私からすれば設計、そして、建築のプロフェッショナルとして日々の仕事はしているが、

      自分の理想とするプロフェッショナルになるにはまだまだ努力が足りないと思っていたが、

      一般人である建築主からすればすでに十分、プロフェッショナルにしか見えないのだ。

      寄り添う姿勢はそれで良いかもしれないが、

      そもそも立ち位置が違うのだからこちらが普通に話していることも

      分かってもらえるという前提ではなく、指導していく立場なのだ。

      結局、自分で良かれと思っていたことが自分をどつぼに落とし込んでいたのかもしれない。

      立ち位置が違うからこそ、それを気付かせてくれたのかもしれない。

      手を抜かずに地道に行うことが最近の目標だったが、

      それに加え、設計・建築のプロフェッショナルとしての原理原則を前提とすることで

      ここ数年の悩みは解消されるのかもしれない。

      建築と法律のプロフェッショナルとして、新たな価値観を提案したい

      2019.08.05 Monday

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        JUGEMテーマ:人生論

        誰しもそうだと思うが、

        がんばっていれば、楽しい時もあるし、悩む時もある。

        私も定期的に壁にぶち当たる、もしくは

        壁にぶち当たったような気分になることがある。

        最近は特に役所とのやり取りでそう思うことが多かった。

        また、今は日々忙しくしているが、

        忙しいがゆえに私の考える設計へ私自身が向かっているのかどうかが

        なんとなく分からなくなっているような気がした。

        改めて自分の立ち位置は今どこなのか、

        どこに向かっているのかを紙に書き出してみた。

         

        ノートにいろいろと書き出してみた。

        私の設計事務所の原理原則とは何なのか、

        今の私は何をしていて、何ができていないのか。

         

        HPに事務所のコンセプトは書いているが、

        私の手帳には10年以上前から弁護士資格もいつか取るつもりで

        その文章には「法律」の文言も入っている。

         

        「建築と法律のプロフェッショナルとして、新たな価値観を提案する。」

         

        自分で考えた文章だが、改めて、その一語、一語を考えてみた。

        私は「建築と法律のプロフェッショナル」なのか。

        「新たな価値観」とは何なのか。

        「提案する」とは誰への提案なのか。

        根源的にそれらを私自身がどのように考え、

        日々の出来事に対してどのように実践しているのか等を思いつくまま書き出した。

        いろいろと考えた結果、

        今の私は結局、その掲げるコンセプトに対して、

        時間を大切に扱い、最大限の努力がまだ出来ていないという結論になった。

        そもそもまだ予備試験に合格できていない。

        基本設計、実施設計、確認申請、工事監理、

        それぞれの業務内容や注意すべきことも自分なりにまとめたのに、

        それが実行できていない。

        建築、法律を含めた多様な知識や価値観の幅が広がっていない。

        そして、何よりそれらの大前提となる、

        「時間」を大切にできていないことが問題だと思った。

         

        役所とのやり取りもこちらからすれば

        ちゃぶ台をひっくり返すようなことをされて、

        ただただ苛立っていたが、

        よくよく考えてみればこちらから詳しく丁寧にやり取りをしても、

        最後は相手方のルールに則って、ある意味、相手任せになっていたように思う。

        そうなると、相手のルールで相手の価値観に基づいた結論しか出てこないから、

        その結論に従わざるを得ない。

        当然、私の望む結論にならないことも出てくる。

        そうであれば、時間の無駄のないように私が相手を誘導し、

        私の望む対応を促すようにすれば良かったのだと思う。

        時間を何よりも重視するならそう考えれていなかった私に非がある。

        もちろん、そういったやり方をしてもいつもうまくいかないかもしれないが、

        その時間を無駄にする負担分は相手方に任せて、

        時間の無駄がないようなやり方を私はすれば良いだけだ。

         

        心の底から、建築と法律のプロフェッショナルとして、新たな価値観を提案したいなら、

        それに向けて最大限の努力ができるように、

        時間を大切に扱うことをしっかり頭を使って実践していかなければならない。

        設計者の本分

        2019.07.09 Tuesday

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          JUGEMテーマ:人生論

          スロープ申請を提出している役所から連絡があり、

          多少の変更があるので来てほしいとのことだったので、

          打合せに向かった。

          すでに提出してから半年近く経って何回もやり取りをしているので、

          ようやく申請書が提出できると思い、ややほっとした気持ちだった。

           

          打合せを始めるとここ数年、別の役所で良くも悪くも鍛えられているので、

          一瞬いらっとしたが、そのまま話を聞いた。

          相手方の指示としては、計画内容の根本部分の変更指示と

          構造図はまだないことを伝えた上で構造検討の書類を提出していたが、

          今更の構造図の提出指示だった。

          今になって構造設計者に構造図の作図を依頼する必要がある。

          これらの指示がやり取りを始めて間もない時期なら分かるが、

          約半年やり取りをしてきて、

          さらには細かい部分まで修正指示に対応してきているのに、

          このタイミングで何故その指示か意味が分からなかった。

          単純な好奇心で何故かを尋ねたが、

          ただただ平謝りするだけだった。

          最後に打合せしてもらったことにお礼を言い、笑顔でその場をあとにした。

           

          帰り道、このやり取り、さらには設計者って何なのかを

          設計を始めた頃からのことを思い出しながら、ぼーっと考えていた。

          約15年、設計の仕事をしてきて思うし、この仕事を始める前からも変わっていないが、

          設計者の仕事は建築主の要望を把握し、計画地の特性を掴み、

          より良い建築計画を立て、それを元に図面を作図する。

          そして、法規に適合しているかの申請を提出し、作図した図面を元に施工者から見積を取り、

          工事が図面通りに進んでいるかを現場確認しながら、

          建物の完成を目指すことが仕事である。

           

          ただ、設計の仕事を始めてから今までの出来事を思い出していた。

          建築主との打合せを最長、休憩なしで8時間したこと。

          建築主に同じ内容を2回も3回も確認して、類似完成写真まで見せて確認したのに

          実物を見てこれは知らないと言われて、一部壊してやり替えたこと。

          私は設計者だが、完成の手直し確認を建築主のことを恐れた施工者が逃げて、

          私が代理で最後まで各業者に指示を出して引き渡しまでしたこと。

          現場監理は設計者の仕事だが、各業者への連絡や指示等の現場管理を

          私が最初から最後まで行ったこと。

          役所の指摘内容の通りに申請書を修正して再提出したら、

          全く違く修正内容を指示されたこと、等。

          そして、今回の役所とのやり取り。

          設計の仕事って一体何なんだろう、と電車に揺られながら、ため息が出た。

           

          先日、地震で全壊した実家が再建し完成したが、

          建物自体、小さな木造平屋で建築主の要望もほぼなく、

          申請も県が協力的に支援してくれ、施工者もこちらが言う前に対応してくれるような感じで、

          設計者である私以外の要素がほぼ支障になるようなことが一切なかった。

          それでも建具の納まりを朝方までかかって検討したり、

          着工図完成間際には連日夜中まで図面を書いていた。

          思ったことが設計者以外の要素になんら支障になる要素がなくても

          設計という仕事は時間がかかるし、根気もいるし、大変な仕事だと思う。

          純粋な設計だけでも大変なのに、さらにいろんな不確定要素がこれに加わるのだから、

          大変なのは当然だと思った。

           

          事実として、設計という仕事は、いろんな組織、いろんな建築主、

          いろんな施工者、いろんな考え方、いろんな性格と向き合わざるを得ない。

          何故なら、設計者だけでは仕事は成り立たないのだから。

          それでも、設計者の仕事も原則があるのだから、例外もあると思うが、

          何故と思わざるを得ないような例外的なことがあると気分的に落ち込む。

          私は神様でも特別な人間でもないが、

          設計者以前に人として真っ当なことをしているにも関わらず、

          それが通じない場合に気分は落ち込むことは当然として、

          それ以上にどのようなことをすれば良かったのか悩むが、

          だいたい振り返ってもこうすれば良かったという案が思い浮かばない。

          ある種の限界を感じる。

          当初は反面教師で何かを学ぶタイミングなのだ、とか、

          私のやり方がおかしく、相手のやり方が正しいのではないか、等考えていたが、

          ある程度生きてきて、人として、設計者として分かったことは

          本当にあまり意味のないことだということだ。

          そして、いろいろ考えた挙句出る結論としては

          あまり悩まず、原理原則に戻ることが重要だということだ。

          つまりはあくまで設計者の本分を果たすことのみが重要である。

          それは、設計者の仕事は建築主の要望を把握し、計画地の特性を掴み、

          より良い建築計画を立て、それを元に図面を作図する。

          そして、法規に適合しているかの申請を提出し、作図した図面を元に施工者から見積を取り、

          工事が図面通りに進んでいるかを現場確認しながら、

          建物の完成を目指すことが仕事である。

           

          電車が到着する頃にはため息をついていた気分も落ち着いた。

          今日が終わるにはまだ時間に余裕がある。

          家へと向かう足取りの方向を変え、いつもの本屋の建築コーナーに向かった。

          何故なら、私は建築のプロフェッショナルになりたいのだから。

          意味のないことに時間を使うぐらいなら、意味あることにその時間を振り向けるべきだ。

          その目指す道を地道に進んでいこう。

           

           

           

          イノベーション

          2019.06.20 Thursday

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            JUGEMテーマ:人生論

            最近、経済・政治関係の本を読んでいたり、

            たまたま見たニュースで気になるキーワードがあった。

            「イノベーション」

            イノベーションとは、「あるパフォーマンスの次元そのものが変化すること」と

            ピーター・ドラッカーが定義している。

            具体的に言うと、エジソンの白熱電球やスティーブ・ジョブズのiPhone等がそうである。

            今までにあったものに全く新しい技術や考え方を取り入れて新しい価値を生み出すことである。

             

            設計事務所の仕事は基本的に受け身である。

            こちらから設計を売り込んで仕事になることはなく、

            結局、建築主からの依頼がない限り、仕事はない。

            以前からこの状況をどうにかできないかと考えていた。

            建物は土地に建つのだから不動産屋と組んで新たな仕事の方法が取れないか、とか、

            近年増え続けている空き家を設計の力で有効活用出来ないか等と考えているが、

            どれも似たような仕事はすでにあるし、

            新たな価値観を生み出せるように思えなかった。

             

            そして、その「イノベーション」という言葉が引っかかり、

            設計にもイノベーションが必要だと感じ、

            本屋へ行き、イノベーション関連の本を片っ端から読み流していった。

            ただ、かなり専門的に書いている本が多く、

            イノベーションを理解するのに適した本がないなと思ったので、

            観点を変えてイノベーションを実際に行った人物伝の本を買った。

            「世界を動かすイノベーターの条件」(メリッサ・A・シリング)

            誰もが知っている、エジソンやアインシュタイン、

            最近の人ではスティーブ・ジョブズやイーロン・マスク等の生い立ちから

            その成功までに至る歴史を紹介する本だった。

             

            読んで思ったことは、設計に関して本当の意味でのイノベーションが起きると

            設計という仕事が無くなってしまうと思った。

            設計におけるイノベーションとはおそらく最近のAI等で

            土地の条件や建築主の要望を入力すると自動的に建物完成まで

            時間とコストを省けることがそうなのだと思った。

             

            また、そのイノベーションを起こした人々の共通点として、

            そもそもイノベーションを起こそうと考えていた訳ではなく、

            世の中のために自分の興味があることに時間と労力を惜しみなく

            つぎ込める人なのだと分かった。

            地位や名誉やお金は二の次で自分の興味のまま、

            理由もなく突き進むことができる意思を持った人達である。

            そう考えると、かなりの程度差はあるが、

            私も地位や名誉やお金のために設計をしている訳でもないし、

            事務所を始めてからほぼ休みなしで毎日設計に関わることをしているが、

            それは建築主に喜んでもらえる設計がしたい、

            私自身も納得できる設計をしたいと考えているから

            時間と労力を惜しみなくつぎ込んでいる。

            私のやっていることは特定の建築主のために

            特定の建物の設計を行っているから

            世の中が変わるほどのイノベーションにはそもそもならないが、

            やっていることは同じだと思った。

            今やっていることや考えていること自体が

            私にとってのイノベーションの可能性があることなのだと気づいた。

            いろいろ考えて調べた挙句、結局スタートに戻ってきたような気分だが、

            自分の立っている場所がよりはっきりしたことは良かったのかもしれない。

            そうであれば、これからも悩み、考え続けていくことが重要なのだろう。