またまた役所

2019.04.06 Saturday

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    去年、約1年近くかかって開発届出が下りた。

    ただ、その内容のまま工事を行うと、

    予算上、施工上いろいろと問題があることが分かり、

    役所へ事前に相談した上で一部計画内容を変更することになった。

    昨日、その内容で図面を修正したものを持参して

    役所へ開発届出の修正を行うために伺った。

     

    役所敷地内の桜。

    桜がきれいに咲いていたが、

    今までのこの開発届出に関してある課と協議をしてきたが、

    嫌な思い出しかないので、

    この桜も気分良くは眺められなかったが、

    悪い意味で予想を超えた展開だった。

     

    まず、下水関係の打合せ。

    約60mの下水管を新設するが、

    地下埋設物があるために下水管を真っすぐ通すことができず、

    多少、蛇行するような計画になっていた。

    担当者から「下水管の敷設は真っすぐでないと困るんですが。」と。

    地下埋設物の話をすると、その内容を図面に記載してほしいとのこと。

    また、過去のやり取りでも言われた通りに作図して、

    いざその図面を持ってくるとまた違うことを言い出すこともあったので、

    かなり念入りに、かつ丁寧に、具体的に何をどの図面にどの程度書けば良いかを

    具体例を説明しながら質問した。

    すると再び、「下水管の敷設は真っすぐでないと困るんですが。」と同じ回答をしてきた。

    !?

    こちらからの質問と回答が合っておらず、まださっきの話をしている。

    再度、ゆっくりと同じ質問をするとこちらの質問は理解できたようだったが、

    「地下埋設物の状況が分からないと何を図面上記載してもらうか言えません。」と。

    ただ、それだと話が前に進まないので、図面を修正する前提で構わないので、

    どの図面に何を記載すれば良いかを再々度、聞いたが、全く同じ回答をしてきた。

    また、このやり取りかと思った。

    専門的な内容ならまだしも、通常の会話が成り立たないのが意味が分からなかった。

    さらにこちらはこういう内容で図面を作ってくるので、

    それを見てもらえますかと聞いたら、一応は納得してくれているみたいだった。

    この課はメール、電話での図面内容のやり取りはだめで

    この課まで足を運ばないといけない。

    実際に会ってのやり取りでもこの調子だから、

    しょうがないのかもしれない。

     

    そして、次は道路関係の打合せ。

    先週、打合せの約束を取り付けるために

    担当者に事前に電話を入れていた。

    その担当者が異動になるとのことだったので、

    打合せで訪問することと、

    今までの内容は新任の方に引き継いでおく、という話になった。

    下水担当者の隣にその新任の方が座っていたので、

    嫌な気分のままでは失礼に当たると思い、

    気を取り直して自己紹介し、

    念のため、今までのやり取りや計画内容を説明していると、

    突然、「この計画、無理ですわ。」と言ってきた。

    そもそもこの人、こちらが自己紹介しても特に名乗らないし、

    こちらの説明も一言を言って遮るわけでもなく、

    なんか嫌な予感がしたが、そのまんまだった。

    ただ、今までこちらの課に来て隣に今いる下水担当者と

    前任の道路担当者との打合せした結果がこの内容ですと伝えたが、

    「嫌、無理でしょう。」との回答。

    そのやり取りを聞いていた下水担当者が小声でその人に説明して、

    不満ながらも一応は納得した様子。

    こちらからすると、不満なのも良く分からないし、

    大前提として、今日来ることも知らないようだったし、

    内容の引継ぎも出来ていない感じだった。

    そして、計画内容の続きを説明すると、

    「この内容ではだめです。」と。

    その人が言っていることも分からなくはなかったが、

    そもそも同じ道路担当者と打合せして決めた内容で

    図面を作成してきているのに、無理だ、だめだの連続で

    こちらもいらいらが募ってきた。

    このやり取りの流れは以前にも同じ課の別の担当者ともやったことが

    頭の中をよぎっていた。

    埒が明かなかったので、まずは相手方の話を聞いた上でこちらもそれで修正するし、

    そちらも図面を見るということで話は終わった。

    そして、その人は話が終わるなり、パソコンを開いて、

    一切こちらを見ずに仕事を始めた。

    私の背後ではこれら一連の打合せ中、

    アニメの無駄話で役所の人が盛り上がっていた。

    一体、この課は何なんだろう。

    私自身、小学校の通信簿の担任欄に

    「性格は温厚」しか書かれたことがないが、

    その日の一連のやり取りで机をひっくり返して

    暴れたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢して無言でその場を後にした。

     

    設計の仕事をしていると何かしらの内容で役所とやり取りすることがある。

    今までにいい加減な指示で間違った内容で作業を進めたり、

    いきなり横柄な態度で意味が分からない等があったが、

    最近はそういう対応は減少傾向だった。

    だが、この課の人達は今まで私の経験にはない、

    悪い意味で飛び抜けた人達が揃っている。

    この役所の別の多くの課ともやり取りをしたが、

    特別、困ることはなかったが、

    この課とのやり取りは最初から今まで

    常に常識を超えている。

    ただ、このやり取りは各担当者と私だけで行われているので、

    その異常さを誰かに伝えることが難しい。

    それを止めるのも難しい。

    それにその異常さに私が切れても結局困るのは建築主だ。

    そんなことで建築主には迷惑を掛けられない。

    新年度が始まって気分一新、と考えていたが、

    早速、頭を抱えて、途方に暮れている。

    しかし、やるべきことは分かっている。

    まともに張り合っても時間が無駄になるので、

    早くやり取りを終わらせて関わりを持たないことだ。

     

     

     

    また役所

    2019.04.02 Tuesday

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      現在、計画中の簡易宿泊所の件でまた役所へ向かった。

      役所は役所でも消防である。

      ちょうど年度末で役所は人事異動の時期のため、

      以前に電話で概要は聞いていたが、

      今日改めて実際に面と向かって打合せをすることになった。

       

      今までにこの役所へは何度も足を運んでいるが、

      消防の入ったこの建物には初めて訪れた。

      事前の確認では消防法上は特に計画内容は問題なさそうだったが、

      条例で独自に定めている規定に基づくと

      敷地いっぱいに計画している建物に

      さらに二方向避難のため、各居室にバルコニーを設置する必要があるという。

      ただ、そうなると計画自体が破綻しかねない。

      条文を見ていくとスプリンクラーを設置すれば

      バルコニーを設置せずになんとかなりそうだった。

      また、現在着工中の福祉施設でもスプリンクラーを設置予定だが、

      通常のスプリンクラーはそのためだけに貯水槽やポンプを設ける必要があり、

      まともに設置するとそれだけで何百万もの費用がかかる。

      最近はコスト面で有利な水道直結型のスプリンクラーの商品が出ていることもあり、

      今日の打合せではそれを投げかけてみた。

      建物規模が小さいこともあり、

      こちらで想定した考え方で問題ないとのことだったので、

      ほっと胸を撫でおろした。

       

      消防は他の役所組織とは多少異なる。

      命に関わる内容でもあるため、

      指導や検査等も厳しく、どちらかというと警察に近い存在である。

      こちらも法令を遵守し、命を守れる建物を計画しようとしている点では

      同じ考え方だが、それを貫徹すると工事予算に全て跳ね返ってくる。

      そのバランスを取りながら、打合せを進める訳だが、

      今日はそのバランスがうまく取れた。

      役所は敵でも味方でもないが、

      バランスを取りながら、

      建築主もその建物を利用する人達にとっても

      いろんな意味で良い建物を計画していきたいと思う。

      事務所開設から丸三年

      2019.03.31 Sunday

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        今日で事務所開設から丸三年経った。

        とても長い時間が経ったような、

        あっという間だったような。

         

        石の上にも三年、で三年がんばれば、

        何かしら見えてくるものがあるかと考えていたが、

        半々という感じだろうか。

        たった三年だが、びっくりするようなことに遭遇したり、

        うれし泣きすることもあったりで本当にいろいろあった。

         

        また、三年がんばってきて、それは当初から思っていたが、

        あくまで人と人の信頼関係にこの仕事は成り立っているというのが

        率直な感想だ。

        設計事務所だからもちろん建築主の期待を超えるような

        設計をするのは当然だとは思うが、

        それよりも重要に思うのが、「信頼」に足る仕事ができているかということである。

        経験上言えるのは信頼はすぐには作ることはできないし、

        それを相手に直接見てもらうこともできない。

        あくまでやり取りの中で一つずつ着実に進めていくことで

        それは作られていくし、相手にも伝わっていく。

        初対面ではそれはまだ作られていないし、見せることもできないが、

        不思議と自分なりに筋を通して設計の仕事をしていると

        かなり早い段階でそれが相手に伝わることが分かってきた。

        信頼感を持って接してもらえれば、こちらも設計の仕事に集中できる。

        また、逆にこれは始めた当初は想定していなかったが、

        私の方も知らず知らずに相手方である、建築主や施工者に信頼を求めていることに気付いた。

        会社勤めの時もなんとなくは感じていたが、

        自分で設計事務所を始めてから余計に

        信頼に足る人でないと、仕事がかなり苦痛に感じるようになった。

        結局、設計は打合せから着工、そして、現場監理まで建物が完成するまでに

        多くの人が関わるし、かつ、それらの人の協力がないと完成までたどり着けない。

        人同士の信頼によって成り立っているとも言える。

        予算がオーバーしたり、着工後に不具合があったり、

        打合せから建物完成まで気が抜けない、張り詰めた時間が長く続く。

        それでも良い建物の完成を心から願い、

        かつ、建築主も同じように願い、施工者もその気持ちを汲んでくれる。

        そんな案件なら多少のことがあっても頑張れるように思う。

         

        そして、「設計」というものは地味な作業を一つずつ着実に進めていくこと、と気付いた。

        話題の建物になるかどうかや所謂、建築家の建物であるかは極論、どうでも良いことだ。

        それ以上に重要なのは、建築主の話に真剣に耳を傾け、

        その要望はどのように実現させていくのか、どんな方法があるのか、

        さらに、手を抜かず、検討を重ね、そこに多少の私らしい要素を加味することができれば

        良い建物を完成させることができると確信するようになった。

         

        私と同じように独立して、

        いまだに現役で40年も50年も活躍を続けている

        設計事務所は世の中にたくさんある。

        まだ、私はたった3年しか経っていないが、

        この期間に学んだことを生かして、

        さらにはまだまだ分かっていないこと、

        気付いていないことを学んでいく姿勢は変わらずに、

        この4年目もがんばっていきたいと思う。

        役所

        2019.03.29 Friday

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          建物を建てるに当たってどうしても避けられないことがある。

          役所へ行くことである。

          建築基準法、その他法令、条例、等、建物を建てる時に

          必ず何かしらの法令による縛りがある。

           

          役所の風景。どの役所も当たり前だが、

          担当課がたくさんあり、まず、建物を建てるに当たって、

          何を確認しなければいけないのか、

          そして、その内容を確認できる課はどの課になるのかを

          役所の受付で確認したり、各課を回って目的の課に向かう。

          通常は市役所や町役場に行けば、事足りるが、

          場合によっては、別の建物や場所に担当課があることもあり、

          二度手間になることも多い。

           

          先日、現在計画中の簡易宿泊所で旅館業の営業許可申請の打合せのために

          役所へ担当課と打合せのために向かった。

          事前に予約を入れていたので、

          担当課へ到着すると関連する課の方も来ており、

          5人の人と面と向かう形で打合せが始まった。

          こちらの質問に対して的確に回答を返してくれ、

          かつ、今後、どのような流れでどのようなことに気を付けるべきかも教えてくれた。

          また、役所は責任を取るようなことを言いたがらないが、

          一連の流れがどの程度の期間がかかるのかも参考ではあるが、

          細かく教えてくれた。

          役所とのやり取りは基本的にいろんな意味でストレスを感じることが多いが、

          その日の打合せは実り多いもので、かつ、気分良く打合せをすることができた。

           

          私は基本的に役所が嫌いである。

          何故なら、こちらから無茶な要求を挙げている訳でもなく、

          ただ、普通に問合せているのに、

          高圧的な態度で対応してきたり、

          責任を取りたくないのか、

          十分な情報を開示してくれないという経験が多いからである。

           

          役所とは違うが、大学生の時、

          建築学科へ編入するために入りたいと思える大学に

          片っ端から編入試験があるかどうか、

          また、その試験があるとして試験問題はどの程度の内容かを確認したことがある。

          ある関東の国立大学の教務部でその内容で問い合わせた。

          過去の問題はあるか尋ねると、現地で閲覧可能らしい。

          ただ当時私は札幌に住んでいたので、費用は払うので、

          送付できないか尋ねたが、公平性のため、それはしていないとの回答。

          それは近くに住んでいる人が有利になるだけではないかと聞くと、

          「決まりなので。」と。

          また、私は高校も文系コースでそのまま文系の法学部に入ったので、

          高校の理系の数学、大学での数学を知らない。

          そこで、参考書の目次を見ながら、そのどちらの数学が問題と出るのか尋ねると

          「大学での数学ではなく、高校までの数学です。」との回答。

          そして、その大学の過去問のためだけに数万は掛けられないということで、

          必死に高校までの数学を勉強して受験に臨んだ。

          試験前日に現地へ行き、過去問を一目見ておこうと考え、

          その大学の教務部へ向かった。

          見せてもらうと言葉を失った。

          数学の問題が大学の数学の問題ばかりだった。

          教務部の人に以前に電話した時のやり取りを伝えると、

          申し訳なさそうな表情をするでもなく、

          「あー、それはすいません。」

          それだけだった。

          すぐに宿泊するホテルに戻り、無駄なのは分かっていたが、

          徹夜で試験に出るであろう、大学の数学の範囲を詰め込んだ。

          そして、当然だが、実際の数学の試験では半分も解けなかった。

          午後から面接が行われたが、教授陣から質問が来る前に

          教務部でのやり取りを話し、

          「今後、こんな受験生を出さないようにお願いします。」と言って、

          そのまま面接会場を立ち去った。

          その出来事以来だろうか、役所の人の発言や行動に不信感を持ったのは。

           

          パレートの法則というのがある。

          例えば、ある会社の売り上げは2割の従業員が8割を稼いでいる、というものである。

          2:8の法則とも言われているが、いろんな場面でそれが当てはまることが多い。

          役所の人も人によっては、非常に賢く、私の知り合いでも公務員はいるが、

          彼らはとても優秀だ。

          ただ、実際にいろんな場面で役所とやり取りする時に

          パレートの法則が本当に当てはまる組織だなと思う。

          民間の会社でもそうかもしれないが、

          ただ、民間であれば立場が同じ、もしくはこちらに売り込みにくる場合は

          下手に出てくるので、それがブレーキとなってそこまで横暴さは感じない。

          それでも、私も設計の仕事で社会に出て10年ちょっとだが、

          ネットの影響もあってか、役所に行ってもあまりにひどい人達に出会うことは少なくなった。

          結局、役所もサービス業だからあまりにひどい仕事ぶりだと

          ネットを通じて知れ渡ってしまうからではないかと考えている。

          どんな組織でも優秀な人もいれば、やる気のない人もいる。

          ただ、今の世の中は役所に求められる仕事は多種多様で

          より質の高い仕事が求められていると思う。

          仕事をしていて思うが、

          それぞれの人達がそれぞれの当たり前にすべきことをしっかりやってくれたら、

          社会はもっと良くなるように思う。

           

           

          テレビを見ていて

          2019.03.20 Wednesday

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            最近、クイーンを題材にした映画、

            「ボヘミアンラプソディ」が大ヒットしているが、

            先日、そのクイーンの特集番組があり、

            それを録画していたので、今日見ていた。

            場所がかさばるので、パソコンに落としたり、処分してしまったが、

            私自身、音楽、特に洋楽が好きで

            高校から大学の間で購入したCDは1000枚を超えていた。

            その中にクイーンのアルバムも何枚かあった。

            その特集番組ではデビューからシングルのボヘミアンラプソディが

            ヒットするぐらいまでの内容であったが、

            下積み時代はかなり苦労していたことを初めて知った。

            また、先の見えない中でも自分達が良いと思えるものを作ろうということで

            ボヘミアンラプソディが出来たことも初めて知った。

            曲を発表して40年以上経っているが、

            未だに色褪せないのはすごいなと思いながら、

            その番組は終わった。

             

            録画番組を停止すると、たまたまニュースをやっていた。

            東京オリンピックの聖火リレートーチデザインが決まった、という内容だった。

            桜をモチーフにシンプルだけど、力強くて、しゅっとしている。

            単純に良いデザインだなと思った。

            そのニュースを続けて見ていると、

            デザイナーは吉岡徳仁氏。

            やはり、という感じ。

            インタビュー内容も聞いていると、

            そのコンセプト、その形、その素材、

            全てにおいて吉岡徳仁氏の考え方、検討を重ねたことが行き渡っていた。

            そして、その時、よぎったのが、東京オリンピックのエンブレム。

            最初のもの、最終的に決まったもの、

            それぞれを見た時に「これかー」と思ってしまった。

             

            昨日、最近のプロポーザル結果、自分が入賞しないことよりも

            その入賞したものに対するなんとも言えないもやもやがあった。

            ただ、今日たまたまテレビを見ていて、

            それぞれ、音楽と聖火トーチ、あまり馴染みのない分野だが、

            思ったのが、時代の流行りや専門家の主観には関係なく、

            「良いものは良い」ということは誰も否定できないと思った。

            クイーンもレコード会社にボヘミアンラプソディの演奏時間が長すぎて、

            その当時のメインの媒体であるラジオの放送時間に合わないという理由で

            曲を変えろまで言われたが、彼らが良いと思うものを作ることにこだわり、

            結果、大ヒットした。

            吉岡徳仁氏も以前にNHKのプロフェッショナルで考え方等を拝見したが、

            万人受けするデザインは目指しておらず、

            その時その時の依頼主の望むものを地味ながら検討を重ね、

            最終のデザインを目指して一歩ずつ進めていくやり方をされていた。

             

            設計は特に設計者のみで仕事が完結しない。

            建築主を筆頭に、施工者、メーカー、役所、等多くの関係者とのやり取りの中で

            建物が完成していく。

            プロポーザルを提出していても思うし、

            ある種の建築主とのやり取りをしていても思うが、

            万人受けする設計をした方が良いのではないか、との誘惑に駆られることがある。

            きっとその瞬間は評価されるし、その相手方にも「良いもの」のようだと判断されると思う。

            ただ、私自身が気付いている。

            そんなものを作っても本当に良いものにはならないことを。

            それは「良いもの」のような雰囲気だが、決して本当の意味では「良いもの」ではない。

            「良いもの」は決して万人受けするものではなく、

            建築主と設計者だけは「良いもの」と感じられ、

            地味な検討を重ねて一歩ずつ進めていったものが「良いもの」になる。

            万人受けはしないが、時間が経っても色褪せないし、

            見る人が見れば良いものだと分かるものである。

            すぐに誰にでも良さが伝わるものではないが、

            じわじわとその良さが伝わるものだと思う。

            私が設計をしていく中で目指していく所はきっとそういう所なのだと思う。